公共事業と環境保全の新時代 ― 諫早湾干拓と脱ダム宣言を巡って
―いやあ、二十一世紀に入って、途端に慌ただしくなりましたね。
―そう、二十世紀の膿が一気に吹き出したんじゃないかな。機密費問題にKSD疑惑、えひめ丸事件にゴルフ会員権問題と来て、その間、株はバブル崩壊以来の最安値を日々更新、森内閣はついに野垂れ死が確定しちゃった。この原稿が載る頃はどうなってるやら予想も付かない、日本発大恐慌があっても不思議じゃないなんて言われてるよね。
―ほんとですか?
―ぼくは経済音痴だから、わからない。株なんて買ったこともないからピンと来ないね。不景気だ、リストラだ、デフレだ、倒産だとか騒がれてるけど、一方じゃ盛り場は華やかな人の流れでいっぱい、ブランド狂いも相変わらずだもんねえ。ただ、個々の企業や家庭はともかくとして、政府も自治体も冷静に考えれば、ハイパーインフレでも起きない限り、返済不能な借金漬けになっていることだけは間違いない。そして公共事業がその大きな原因なんだ。
―ハイパーインフレ? なんです、それ?
―ま、自分で調べなよ。いまデフレデフレと騒いでるけど、一気に反転することだってありえないわけじゃない。そうなれば国の借金は返せるけど、国の信用は根底から失われ、無政府状態、なんでもありの地獄絵図だね。ま、これは受け売りだけど。
―おどかしっこなしですよ。で、今号のオープニングの話題はなんですか。やっぱりセンセイは機密費問題でしょう。自分が使えなかった悔しさが一気に爆発するんじゃないですか。ワクワク。
―バカなことを言うなよ。本誌は環境の専門誌なんだから、環境関連のテーマに決まってるじゃないか。今回のテーマは「環境と公共事業」。それにしても、宿泊費の差額補填を機密費でなんてはじめて知った。ぼくだってエライさんの出張にお供して、高級ホテルに泊まらされて、大赤字だったことが何回もあるもんなあ。それに高級ホテルってつまんないんだよなあ、AVはないし。ブツブツ。
―ほらほら
―エヘン、本題に戻そう。今年に入って、諫早湾が面白いことになったね。漁民の反乱で、水門開放、干拓中止までいかないと収まりがつかないことになりそうだね。もしそうなれば絶対他の公共事業にも波及するよ。熊本の川辺川ダムも雲行きがおかしくなってきているしね(※)。
※このダムは三十年以上前に治水・利水目的に計画された。最大の特徴は「受益者」から多くの異議が出されていることであろう。漁協の同意をとりつけたうえで、着工にこぎ着けようとしたが、今年の総会で漁協執行部の意に反して同意がとりつけられなかった。
―センセイはやっぱり有明海のノリ不作は諫早干拓のせいだと?
―そんなのわかんないよ。調査したって多分確定的なことはいえないと思うな。科学の進歩は確かにすごくて、はるかかなたの星までの距離だってきわめて正確に計れるけど、一方明日の天気だってそれほど正確に予測できるわけじゃない。いろんな要素が複雑に絡み合うような現象はいまの科学をもってしても、解明や予測には限界があるもん。でも、どう考えても、諫早干拓が生態系や自然環境にいい影響があるわけじゃないことだけは確かだよね。
―でも、水門を開放したり、潮受け堤防を破壊したってノリの生産が元に戻る保証はないでしょう。
―そりゃ、そうさ。でもそうすれば少なくとも長期的には干潟が復元することだけは確かだ。誤ちは改むるに憚ることなかれじゃないの?
―でも洪水防止の機能だってあるわけでしょう。センセイはそれも否定するんですか?
―否定はしないよ。そりゃ、あれだけのカネをかけたんだもの、或る程度の効果はあるだろうさ。でもね、あれははじめから干拓ありきなんだ。良好な農地が不足してるからって大昔に計画したんだけど、そのご減反とかなんとかはじめちゃったんで、それだけでは明らかに論理矛盾を起こしちゃったから、急遽洪水防止も目的につけくわえただけなんじゃないの。洪水防止の目的のためだけだったら、一旦白紙に戻して、もっとも費用対効果が高く、かつ環境への影響の小さいものを考え直すのが筋だよ。長良川河口堰だってそうさ。工業用水道の水源、つまり利水目的で大昔に計画された。でも、そのご多くの工場は、工業用水道の料金が高いから、節水・循環型システムに切り替えちゃったんで、仕方なく塩害防止だなんて、治水目的を正面に出した。まったく同じ構図だね。いまだったら、絶対長良川河口堰なんて陽の目をみないよ。いや、いまからでも河口堰問題が蒸し返される可能性だってあると思うよ。
―センセイの言うことがほんとうだとしたら、必要性が乏しくなったものをどうして途中からやめられないんですか?
―「だとしたら」とはなんだ! まあいい、いくつか原因がある。一つは補助金や補償金、買収費などのカネの問題だよね。諫早のような国営事業はともかくとして、中海干拓のような補助事業の場合は、事業主体が途中でやめたりしたら、補助金適正化法ってのがあって、国からの補助金を返さなくちゃならない。最近では特例もあるみたいだけどね。さらに漁業補償などの問題。諫早の漁協も長良川の漁協も最初反対だったけど、結局同意しちゃって漁業補償を貰っちゃった。これだって返さなくちゃいけない。用地買収だってそうだ。事業をやるって買収したのに、途中でやめちゃったら、まるでムダ金で責任問題になっちゃうよね。でも、もっと大きい問題がある。つまり公共事業で地域にカネが落ちるし、就業機会も増えるっていういままでの構造だよね、多くはゼネコン経由だけど。政治家はそれでもって、利権と票が期待できるし、役人は天下りのチャンスも増える。あと、もうひとつあまり正面切って言えない理由がある。こうした大きな公共事業は他のいろんな各省の公共投資計画と複雑に絡み合ってるんだよね。だから、環境庁、現・環境省も含めて、各省や自治体との面倒な調整を何年も、ときには十年以上もかかって、やっと計画ができあがったんだ。それを変更するとなると、またおっそろしく面倒なことになるし、責任問題だってでてくる。こうした社会的コストはものすごく大きいんだ。だから一旦できた計画は多少のことに、いやどんなことでも目をつぶって強行突破ということになる。
―でも当初目的と異なっても、それなりに治水に効果もあって、地元にカネも落ちて就業効果もあるんだったら、いいことじゃないですか?
―そのあげくが七百兆円近い借金(※)と、生態系の無惨な破壊だとしてもかい? その借金はきみたちの世代からしてるんだよ。どう考えても返済不能だ。年金財政も惨憺たるもので、きみたちの老後はだれも保証してくれない。そんななかでそんなのんきなこと言ってていいの?
※国債、地方債の発行残高であるが、他にも特殊法人などが郵貯など財投資金から借り入れ、不良債権化しそうなものが百兆円オーダーであるという。
―なるほどねえ。環境庁は、いやいまは環境省か、どう言ってるんですか。なぜ反対しなかったんですか。情けないじゃないですか。
―さっきも言ったように、環境庁、現・環境省も不承不承ゴーサインを出しちゃってるんだから、いまさら反対はできない。じつはね、こうした大規模な公共事業はさっきも言ったように、前史がすごく長くてね、構想・基本計画段階から各省や関係機関との調整がはじまる。長良川の場合は環境庁ができる直前に閣議決定がなされてしまっているから、政府の一員として反対はできなかった。諫早湾の場合は相当抵抗して、当初計画より三分の一に縮小させたんだよ、あまり知られていないけどね。だから、いまさら反対できないんだ。情けないって言うけどね、逆に言うと、環境庁が初期の段階で反対してつぶした例だってあるんだけど、そうしたものははじめから表に出てこないことが多いんだ。
―だったら、みんなその初期の調整段階でつぶせばよかったじゃないですか。
―つまるところ必要性の判断主体と権原問題に帰着する。というのはね、例えば干拓の必要性を判断するのは農水省、河口堰の必要性を判断するのは建設省、いまの国土交通省になっている。あと、強いて言えば予算を付ける大蔵省(現・財務省)。環境省は必要性の判断権は与えられておらず、環境保全上の観点からしか意見がいえないんだ。しかも、「必要かもしれないが、或いは必要であるとしても、環境保全上からは到底容認できない」と言うには、法律上の具体的な権限、つまり土地利用の許認可権を持っている国立公園の核心部のようなところでなければダメなんだ。ま、それだって怪しいんだけど。だからそういう霞ヶ関のルールのなかで三分の一に縮小させたというのはじつはすごいことなんだ、という評価も出来るんだ。
―それじゃあ、あまりにも哀しすぎるじゃあないですか。なんかないんですか。
―もちろん奥の手がないわけじゃない。伝家の宝刀で、環境庁設置法に基づく長官勧告って手がある。でもいままで何度か勧告が出されてはいるが、ほとんどがあらかじめ役所間で調整済みの出来レースなんだよね。抜き打ちで伝家の宝刀を使うとがんばるような長官はまずいなかったし、事務方も各省のしっぺ返しをおそれて極力反対する。それを押し切ろうとしても、もっと上から押しつぶされ更迭されるのがオチ。長良川では北川石松ががんばったけど、結局出せなかったもんね。
―(悲憤慷慨して)そんなことでいいんですか!
―だからそういうルール自体がいま急激な勢いで毀れているんだってば。諫早がいまその最前線だけど、最近の例では名古屋市の計画した藤前干潟の埋立、あれを一昨年環境庁はつぶした。禁じ手を使ってね。
―当然じゃないですか。伊勢湾に残された唯一の渡り鳥の天国なんでしょう。
―そりゃそうだけど、ほんと汚い海だよ。だから一昔前なら埋立にだれも異議を唱えなかった。じつはその時期にここをゴミ処理場として埋め立てるという「港湾計画」を作成、その時点で環境庁はOKしてたんだ(一九八一)。だからいまごろ反対するのは霞ヶ関の論理ではルール違反ということになる。それをあえてしたんだ。それは、国民のかなりの部分が、いままでのやり方じゃいけないって声を出し始めたことの反映だと思う。でもこの場合でも法律上の処分としてしたんではない。そこが日本的なところだよね。
―え? どういうことです? ぼくは役人じゃないんだからきちんと説明して下さい。
―法律的に言うと、港湾計画でオーソライズされていても、具体的に埋め立てするとなると、公有水面埋立法により、運輸省に埋立の認可申請をしなくちゃいけない。そして運輸省は環境庁に意見照会を行い、それを踏まえて埋立認可を行うというのが、公式のルール。だから運輸省が意見照会をしてきたときにノーといって運輸省が認可しないというのが法律の筋。でも、実際にはノーといった事例はゼロで、環境保全上の留意事項を示すだけなんだよね。で、今回は運輸省への認可申請がでるまえに、到底認めがたいという見解を環境庁が名古屋市に示して、認可申請そのものを断念させたんだ。千葉県の三番瀬の場合も似たような経過をたどりそうだ。つまり日本の場合は、実際の許認可申請のまえの段階での調整とか指導で物事が決まるんだ。環境アセスメントもそうだよね。高いカネをかけてアセスをやるということは、そのまえの段階でふつうは話がついているということなんだよね。藤前干潟の場合は名古屋市がフライングして話がつくまえにアセスをしちゃったけど。
―そんなあ、じゃなんのためにアセスをやるんですか?
―身も蓋もなく言ってしまえば、アセスして環境保全上の影響は軽微であるというお墨付きを世間に示すこと、アセス会社が儲かれば天下りの道だって開けるしね。ま、前号だか前々号で言ったとおり、アセス法アセスになって少し変わっては来たけど。
―無茶苦茶じゃないですか。ほんと日本って腐りきってますね。
―そうでもないよ。だって、事前調整の段階でアセスするまでもなく環境サイドがノーといってつぶすことも結構あるんだから、その方が安上がりな方法でもある。ただ、その場合はふつうはそういう構想なり計画があったこと自体表沙汰にならないことが多いんだよね。でもやっぱりこんごはそういう水面下の攻防でなく、オープンな議論でやらなくちゃいけない。つまり、国民、住民の民度が問われてくるんだと思うな。
―でもセンセイの話はまるで評論家ですね。元・役人としてそういう公共事業の計画をつぶした例はないんですか?
―ないわけじゃないけど、守秘義務ってものがあるからなあ。
―じゃ、イニシアルでいいですよ。言いたくってうずうずしているくせに。
―じゃ、言おうか。いずれも十年ちょっとまえの瀬戸内海環境保全室長時代の話で、埋立案件なんだけど、瀬戸内海環境保全特別措置法ってのがあって、「埋立の基本方針」なるものが定められている。で、その枕詞に「埋立は厳に抑制すべきである」ってあって、「やむをえず認める場合」の方針がごちゃごちゃ書いてあるんだけど、そもそも「やむをえず認める場合」ってのは何かということが一言も書いてないんだ。
―なんですかそれ、おかしいじゃないですか。
―おかしいったって、そうなってるんだからしょうがない。で、さっき言った公有水面埋立の手続きを進めるまえの事前調整の段階で(※)、ある県がリゾート法がらみの計画で島の海岸を埋め立てて別荘分譲したいと言ってきた。じつは室長補佐以下の事務レベルではそれを基本的に認める方針で調整がついて、ぼくのところに話が挙がってきた。それではじめてそれを知って、国民共有の財産である海を埋め立てて個人に切り売りするようなものは到底「やむをえず認める場合」とは言い難いってつっぱねちゃった。
※埋立認可は運輸省や建設省の権限であるが、認可にあたっては環境庁の意見を聞くことになっており、事業者が県の場合は、計画の時点で県の環境部局との調整を終え、環境庁とも事前調整を行うのが通常のルール。環境庁の窓口はアセス担当課であるが、瀬戸内海での埋立案件は実質的には瀬戸内海環境保全室が調整を行う。
―センセイは別荘なんて到底持てそうにないからひがんだんでしょう。いやらしいなあ。
―うるさい! 県は怒ってトップまで直談判に来たけど、首を縦に振らず、とうとう「別荘分譲のための埋立は「やむをえず認める場合」に該当しない」という通達を出しちゃった。県には恨まれたけど、結果的にはリゾート法はひどいことになってるもんなあ。もしゴーサイン出してたら、いまごろ赤字抱えてうんうん言ってるよ。今年に入って宮崎のシーガイアもぶっとんだしねえ。大体第三セクターってのはダメだねえ。役所の公平性と民間の効率性のいいとこどりって触れ込みだけど、九十九%は役所の非効率性、官僚主義と民間のあくどい営利主義の合体プラス無責任体制でメチャメチャだよねえ。
―ま、その話は聞き飽きたからいいです。他には?
―なんだ、これから大演説ぶとうと思ったのに。ま、いいや。或る県が人工島で空港計画を持ち込んできた。ところがなにも人工島を作らなくたって、沿岸には製鉄会社の広い遊休地があるんだよねえ。だから、「やむをえず認める場合」かどうか疑わしいってつっぱねた。採算性や必要性にもともと疑問はあったけど、さっき言ったように、環境庁はそこまで言うわけにいかないし、最後の落としどころはその遊休地を使い、不足分はそのまわりを埋め立てて空港を作るんだったらやむをえないかと思ってたんだ。ところが県はあっさりと方針変更して内陸部に計画変更した。
―へえ、それでどうなったんですか。
―住民の反対運動でにっちもさっちも行かなくなった。ついに今年に入って財政難でギブアップ前提の見直しをすることにしたらしいよ。大体これだって採算がとれるわけがないんだ。
―センセイがかかわったもっと最近の事例はないんですか。
―一九九八年のことだけど、やはり瀬戸内海で、ある県が港湾の拡張で大規模な埋立計画を構想した。そこは国立公園のすぐそばなんだけど、公園には入っていない。でも、万葉集でも知られた公園の展望台からの景観は台無しになっちゃうんだ。地元住民をツンボ桟敷に置いたまま計画を進め、港湾計画の変更を地方港湾審議会で通しちゃった。その時点ではじめて計画を公表。それを知った地元住民は怒って激しい反対運動が起きた。
―その県の環境部局はなにしてたんですか。
―もちろん、計画の初期の段階で港湾部局と大喧嘩したさ。で、最後は環境部局は一切責任を持てないから勝手にしろって、投げ出しちゃった。もっとも埋立材が建設廃材で、処分場不足に悩む環境部局の廃棄物担当課は賛成という内部事情もあったんだけど、結局港湾部局が知事を説得してゴーサインが出されてたんだ。それをリードした担当課長は運輸省から出向の港湾土木屋ってわけだ。で、地方港湾審議会をクリアした時点でその課長は運輸省に帰っちゃった。なんと環境担当になっちゃったらしいよ。
―へえ、で、それから?
―港湾計画変更は地方港湾審議会のあと国の港湾審議会に諮られる。環境庁はそのメンバーなんだ。反対運動の激化のなかで、環境庁は港湾審議会の場で景観保全の観点から問題ありって発言。港湾計画の変更は埋立計画だけじゃなかったから、結局、「おおむね適当である。ただし、埋立に関しては景観保全の点からさらに検討されたい」ってなっちゃった。で、県は急遽「景観検討委員会」なるものを設置することにした。
―その委員にセンセイがなったんですか?
―そう、メンバーは六人で、四人を港湾課、二人を自然保護課から推薦することになり、自然保護課から頼まれたんだ。どうだい、ぼくも学識者の一人ということになったんだぜ、エヘン。じつは環境庁から内々に自然保護課にぼくをメンバーにしろって圧力をかけたらしい。
―へえ、センセイが学識者ねえ。楽色者のまちがいじゃないんですか。
―え?
―いや、なんでもないです。で、その港湾の拡張計画ってほんとに必要だったんですか。
―そう、じつは最大の問題はそこなんだ。景観破壊はもちろんだけど、それ以前にどう考えても需要予測が現実離れしてて、そこに何百億円と投資しようとするんだからナンセンスとしかいいようがない。でも環境庁は公式には環境保全や景観の観点からしか意見が言えない。だから景観保全検討会も景観保全の観点からしか意見が言えないんだよね。しかもそのメンバーはお手盛り。つまり埋立面積を若干削って、あとはそこに緑地を増やすなどしてお茶を濁そうとしたんだよね。
―で、センセイはどうしたんですか?
―いやあ、困っちゃったよ。反対派の女性メンバーからはラブレターが続々届くしね。だから頑張った。検討会の枠をはみだして、埋立自体に懐疑的・否定的な発言するのはぼくひとりで常に孤立した。
―鼻の下を長くしてカッコいいこと言ったから、引っ込みつかなかったんじゃないですか。
―そう言うなよ。でも接待がなくってよかったよ。昔だったら絶対接待があったから、きついこともなかなか言えなかったと思うよ。だって午後一時から会議っていうんだから、当然昼飯がでると思って行ったら、それもないことあったんだよ。あのときは腹減ったなあ。だから余計に反対派寄りになった。
―もうホントいやしいんだから。で、結局どうなったんです。
―縮小案を出してきたけど、これは環境庁が飲みそうにない程度の案。当然反対したけど多勢に無勢で決まりそうになった。ぼくはそのまえに港湾課長に、こんな程度の縮小案では絶対環境庁は飲まないからやめろって個人的に忠告したんだけど強行突破。で、そのあとその案でどうかって内々環境庁に打診したらしいけど、当然のことながらデッドロック。最後は環境庁が飲めるぎりぎりのところまでの大幅縮小案をその検討会に出したんだけど、その頃は反対派住民は、「一切の埋立そのものに反対」にまで態度を硬化させていた。吉野川第十可動堰や藤前干潟埋立の反対運動も大きく動きだした時期だったし、需要予測がどう考えてもデタラメということが反対派住民もわかってきて、港湾課のやり方自体に徹底的に不信感を持つまでになっていたんだ。で、一昨年五月の最後の検討会でぼくは、「この埋立は必要性に疑義があるし、なによりも地元住民の不信を買うようなやり方で進められている。だから、一旦白紙に戻した方がいい」という声涙下る発言をしたけど、結局はごまめの歯ぎしり。その案で地方港湾審議会をあっさり通しちゃったし、国の港湾審議会も認めちゃった。こんどは環境庁も反対できなかった。
―なんだ、結局敗北しちゃったんじゃないですか。
―そうじゃないんだよ。反対派はそのごも反対運動をつづけたし、その頃から公共事業に対する反対運動が方々で激しさが増し、昨年一月には吉野川では住民投票まで行われ、反対派の圧勝。夏の総選挙では都市部での自民党の惨敗は、地方への公共事業バラマキに対する都市住民の不満が爆発したとの分析で、自民党が大型公共事業見直しを言いだし、中海干拓の中止や吉野川可動堰白紙撤回を決めちゃった。一方では整備新幹線予算を付けたりしてるから、一種のパフォーマンスというかガス抜きなんだけど、これでパンドラの箱を開けちゃった。で、その港湾拡張なんだけど、まずそこの市長がこうした流れの中で反対に転じ、新知事も凍結宣言しちゃった。財政的にもムリだってのがはっきりしたんだろうね。もうあの埋立計画は完全に破産したね。
―要はセンセイの力じゃなかったんだ。
―そりゃそうだ。色男にカネもチカラもあるわけないじゃないか。だけど、一応面目は施しただろう? でもそのご反対派の女性メンバーからのラブレターはぴたっと途絶えたなあ。まあ、それはいいんだけど、要は公共事業について、吉野川可動堰にしても藤前や三番瀬の埋立にしても愛知万博海上の森開発にしても、今回の諫早湾干拓にしても、昔ながらのやり方が通じなくなったってのが、この二、三年の新たな動き。で、そうした流れの中で環境庁も藤前や三番瀬では、仁義破りと言われようと、時代や状況が変わったんだから反対というようになった。その象徴的なものが諫早湾水門開放問題であり、この間の康夫ちゃんのポツダム宣言、いや違った。脱ダム宣言だと思うよ。これがどこまで貫徹できるか見物だけど、土建屋国家体質にショックを与えたことだけはまちがいない。あといくつかの県がこれに続けば、確実に風穴は開くね。もっとも、そうなると建設不況はどんぞこまでいき、相次ぐ倒産で失業率はぐんとアップするかもしれないし、その間に大きな水害でも起きれば、一気に康夫バッシングがはじまり、元の木阿弥になって破滅の借金地獄の道を辿るかもしれないけどね。欧米では脱ダムはもはや当たり前。ぼくらが教科書で習った米国のTVAだって、いまや取り壊しをはじめてるんだから、方向性や理念としては脱ダムはまちがっちゃいないと思うよ。ダムじゃないけど、鹿児島市の人工島計画だっけ? ぼくはよく知らないけど、直感的にやめたほうがいいと思うね。あ、いけねえ、こんなこと言うと本誌主宰の桑畑さんが迷惑するかもしれないから取り消しておこう。
―もう、遅いですよ。そうするとこれからの公共事業は環境保全施設に重点を置いていけばいいんだ。下水道とか公園とか。欧米に較べると日本はまだまだ劣ってるんでしょう?
―それは建設省、現・国土交通省の陰謀。まったくきみは洗脳されやすいんだから。
―え? なんですって。てっきりセンセイは賛成してくれて、テストの評価もゲタをはかしてくれると思ったのに。
―下水道の普及率はたしかに欧米より低いよ。でも欧米の下水道なんて一次処理しかしていないいい加減なものが多いんだから比較しても意味がない。人口凋密なところでは下水道は効果的だよ。でもそういうところは大体整備は終わっている。残ったのは散居形態、つまり田舎なんだ。ウルグアイラウンドでの約束もあって、そんなところまで一所懸命下水道を敷こうとしている。でもね、市町村財政を圧迫している最大のものは下水道なんだ。だって延々と下水管を敷設しなくちゃならないからコストパフォーマンスが悪すぎるんだ。おまけに、排水をその管を通してずうっと下流まで持っていっちゃうから、川にそもそも水がなくなっちゃう。
―(ふくれて)じゃ、どうすればいいんですか。水質のためには家庭雑排水の処理が必要なんでしょう?
―雑排水と屎尿を一緒に処理できる個別合併処理浄化槽の方が絶対効率的だよ。でも建設省は今世紀末までに下水道人口を九割まで上げるという旗を依然降ろしていないね。大体下水道の起源はねー
―もういいです。その話はなんども聞きましたから。それより公園はどうなんですか?
―ちぇっ、こっからが「たけし節」の本領発揮なのにな。ま、いいや、公園かい。確かに欧米の都市に較べるとひとりあたりの公園緑地の面積は小さい。だから、戦後一貫して都市公園の面積拡大に躍起になってきた。じゃあ、聞くけどぼくたちの子供の頃は公園なんてほとんどなかった。公園の役割を果たしたのはどこだと思う?
―校庭や河原、原っぱって言いたいんでしょう?
―それだけじゃないよ。いわば街全体が公園だったんだ。道路も露地も、そこで生活を営む住民のものであるとともに、遊び戯れるこどものものだった。都市公園の整備は逆にこどもを公園に囲い込む結果になったんだ。そして街全体を代わってクルマが占領しちゃった。それはほんとうにいいことだったんだろうかっていう見方も必要じゃないかな?
―もう、そんなアナクロなこと言ったって通用しませんよ。
―じゃもうひとつ例をだそう。きみ、この町のF池を知ってるよね。
―ええ、いつかゼミで連れていってもらいました。里山に囲まれたひなびた池だったですね。水鳥がいっぱいいて、まわりに閑静な遊歩道があって。早く彼女を作って、あの池のほとりでくちづけしたいなって思ったんですよ。
―で、実行したのかい?
―それは内緒、そんなことより早く先を言って下さいよ。
―わかった、わかった。いま、あそこのそばの山のてっぺんを大々的に切り崩して駐車場と大きな建物を建てているし、池につづく斜面は伐開して芝生広場にしているよ。
―えー、じゃああの池の雰囲気は台無しじゃないですか。民間が開発してるんですか?
―ちがうよ。きみの好きな県と市の公園づくりだよ。馬鹿でかい建物は「自然観察学習館」で、環境保全事業だそうだよ。何十億円もかけてるんだろうね。
―そんなあ…
―あれが「里山の自然を守る環境保全事業」だなんてとんでもないブラックユーモアだね。ぼくに言わせれば、たしかにいまの駐車場はせまい。だから隣接する農地を買い上げるなり、借り上げて駐車場にしてそこにトイレを整備することは必要だと思う。でもそれで十分だね。そのかわりに、ヒマを持て余しているリタイア組の老人にお小遣いを払ってあげて、いっつもだれか池のまわりにいて、訪ねてきたこどもたちや家族連れに、池のまわりを案内しながら、昔の暮らしの話や自然とのつきあい方を話してもらうようにすればいいんだ。月一万円も出せば、よろこんで毎週のように来てくれるお年寄りが何十人もいると思うよ。手弁当で活動実費だけでもいいかもしれない。
―なんか牧歌的ですね。アベックはいやがるかもしれないけど。
―モンペ時代の逢い引きとアオカンのやりかたを伝授するとか… なにバカなこと言ってんだ。押しつけてまで案内やろうってんじゃないんだから。要は環境保全であろうと防災であろうと福祉であろうと、ハコもの、ハード事業はもうできるだけ押さえて、ソフト中心に転換すべきだってこと。そして住民やボランテイアが活発に活動し、その創意工夫を生かすため、ちょっとした手助けを行政がするような方向に行かなければいけないと思うよ。
―じゃ、センセイはハコはもう作るなって
―そこまでは言ってないよ。でもねえ、これだけ赤字を抱えている現在、新たなハコものは、初期の段階で、環境影響だけでなく、財源やコストパフォーマンスまで公開したうえで、市民の声を聞くシステムを作ったほうがいい。そして市民に拒否権を与えるべきだ。よく市民参加っていうけど、疲れて帰ってきたサラリーマンにみんな参加しろったってムリだよ。でも拒否権の発動はできる。住民投票すればいいんだ。
―でも、高速道路も新幹線も空港もみんな欲しいっていうんじゃないですか?
―市民はそんなバカじゃないよ。もういままでのそんなやり方じゃ日本の未来はないってことを多くの人は本能的に察知してると思うよ。だからこそ脱ダム宣言だって大半の県民が拍手喝采したんだ。それでもみんな欲しいというんならそのカネは自分たちがださなくっちゃダメだよ。
―でも、そんなことして公共事業がガタ減りになればGDPは落ちるし、失業者だって増えるんじゃないですか。
―まえにも言ったろう。ワークシェアすればいいんだよ。そして陰険な上司に豪華なビフテキをおごってもらいながら社長の陰口叩くよりも、聡明で清楚な女性と河原でコッペパンを食べながら未来を語る方が幸せだってみんなが思うようにならなくっちゃ。
―ぼくはやっぱりそういう女性と高級なフランス料理がいいなあ、夜景を見ながらワイングラスを傾けて、なーんちゃって。で、センセイはそんな人がいるんですか?
―なにバカなこと言ってるんだ。いれば、きみ相手にこんなところでくっちゃべってなんかいないよ。
(二〇〇一年三月十日)