2004新春環境行政四方山話 〜京都議定書の行方、ロンボルグの波紋、花粉症、ヒートアイランド・・・〜
―ああ、おめでとう。もうぼちぼち修士論文の準備をしなくちゃダメだぞ。
―ああ、盛況だったよ。
―そんなことなんの関係があるんだ!
―・・・
(イラクと京都議定書)
―(白けた表情)なにがいいんだ。ブッシュにフセインを拘束する国際法上の権利がどこにあるんだ。フセインはならずものにちがいないけど、じゃ、ブッシュは・・・
―わかっているよ。これ以上は言わない。でもねえ、どこの新聞にも書いてないけど、環境問題にも大きな影響が生じるかもしれないんだぜ。
―だって、このまま米国が望むようにイラクの治安が回復し、親米政権ができたりしたら、ブッシュやネオコンの意気は揚がるし、今年の大統領選でも再選確実。京都議定書は発効しなくなるかも知れないんだぜ。
―ブッシュが勢いに乗って、復興利権や石油利権をエサに、ロシアに批准を断念させることだってあるかもしれないじゃないか。
―え? どうして?
―もっと悪いじゃないか。
―うん、十二月初旬にイタリアのミラノで開催された。炭酸ガスの森林吸収にかかる細目がまとまったけど、第二約束期間(京都議定書の目標年の二〇〇八―二〇一二年以降)の話は先送りになったみたいだ。あと、COP9では条約事務局が現行対策ベースでの二〇一〇年の温室効果ガス排出予測を発表した。
―対九十年比の排出増減率と京都議定書達成目標値との比較をみてみよう。まず日本が九十年比六%増で議定書目標から一二%オーバー。米国は三二%増で三九%オーバー。米国と同様、脱京都議定書を標榜しているオーストラリアが二七%増で一九%オーバー。カナダは二七%増で三三%オーバー。一方、EUは九十年比一%減で七%オーバー。ロシアは一一%減で一一%過剰達成ということになってて、これが前に言ったホットエアーで、外国に売れるってわけだ。
―ああ、途上国だって、米国の数字見てりゃ、ばかばかしくて、排出抑制しようなんて気なくしちゃうよねえ。
(地球温暖化―異論反論オブジェクション!)
―ところが科学的にはそれほどはっきりしていないという人たちもいる。はっきりしているのは温室効果ガスが増加してきていることだけでねえ。
―ここ百年、温暖化してきていることは確からしいんだけど、それは温室効果ガスの増加というより太陽磁場の変化のほうが効いているんじゃないかという説がある。
―うん、それはボクもそう思うよ。でもそれが主犯か従犯かじゃ、だいぶちがうよねえ。 それからね、温暖化が進むと海水の蒸発が盛んになる。つまり大気中に水蒸気が増えてくる。じつはね、この水蒸気も温室効果を持っているんだ。
―ところが、水蒸気が増えてくると当然雲の量も増えてくるだろう? この雲は太陽を遮って冷却効果を齎すって話だ。
―つまり結果的に水蒸気の増加は温暖化を加速させるのか、ブレーキをかけるのか、じつはよく分かっていないらしい。だから、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、気候変動枠組条約加盟各国から推薦された科学者の会議)の報告書も温暖化の予測に大きな幅をもたせているんだ。
―京都議定書どおりにするには高いコストがかかる。そんなコストをかけて抑制しても結局のところほんのわずかの期間温暖化を遅らせるにすぎない。だったら、そのコストは温暖化でもし被害が出そうになったら、そのとき被害防止策を取ったり、被害者の救援に充てたほうがよっぽどコストパフォーマンスがいいという話もある。一方じゃ温暖化すれば農作物にいいという説もあるくらいだから。
(ロンボルグの波紋)
―あったりまえじゃないか。温室効果ガスに限らず、環境や自然の生態系を大きく改変するようなことは極力押さえるというのが、ボクのスタンスだ。だから、断固とした温室効果ガス排出抑制対策を取るべきだと思うよ。 でも、この手の話が去年になって増えたような気がするな。代表的なのが、ロンボルグの「環境危機をあおってはいけないー地球環境のホントの実態」(文芸春秋社)だよね。 環境危機を煽る定番話に真っ向から挑戦している。いやあ、この本はじつに面白いよ。
―環境が悪化しているなんてのは真っ赤なウソで、われわれの環境や生活は途上国も含めどんどんよくなっているということを膨大なデータで論じている。化石燃料をどんどん使って科学技術を進めていけば、化石燃料に変わるエネルギー源だってヒトはきっと見つけて実用化していくにちがいないって言ってるよ。生物多様性だって減少していないって。こんご五十年間でたかだか生物種の〇、七%が絶滅するにすぎないって。
―その話もそうだし、毎日一種という話から毎日百種が絶滅していると言ってるのまで随分幅がある。でも、ロンボルグは滅んだとされている動植物がそのご見つかったりすることも多く、いずれにせよ見積もりがあまりにもオーバーだと切り捨てている。
―ちょっと楽観的過ぎるけど、絶滅種の見積もりに関する個々のデータに関してはかれの言うとおりになるかもしれない。でもねえ、かれの超楽観的な予測どおりだったとしても、生物の絶滅は、普通、個体数の減少から始まり、分布域の減少、分布域の分断・孤立化、それぞれの分布域における個体数の減少、孤立した分布域での消滅と進んで、最後の生息域がなくなると絶滅ということになる。 従って、この途中段階でも生物の多様性は減少しているんだ。だから、ロンボルグが絶滅という最終段階のみを問題にして生物多様性はほとんど減少していないなんていうのはとんでもない間違いだと思うよ。 日本で言うと確かにメダカやタガメは滅んだわけじゃない。でも、昔はいたるところで目にしたものが、めったに目にしなくなったことだけは確かだ。それこそが生物多様性の減少じゃないかな。 ロンボルグが言っている、多くの種類が滅んだという報告があったけど、よく調べたらそうじゃなかったという話だけど、そのことは事実だろうけど、滅んだという報告があったこと自体が、個体数の極端な減少を意味しているんじゃないかな。それは、絶滅への中間過程を示していて、生物多様性の減少だとボクは思うよ。
―うん、それはよくなっていることも多いのは事実だ。でもそれはどこかにツケを回しているだけかもしれない。それに環境がよくなったのも、警鐘を乱打する人がいたからこそだと思うよ。 有名なカーソンの「沈黙の春」だって、学問的には問題の多い書だと思うけど、あの書があったからこそ、農薬の改良がぐんと進んだんだ。もちろん、狼少年を弁護するわけじゃないけど、みんなが狼少年を受け入れる素地はあったんだ。 それは一言でいうと、こんな生活ばかりしていると、いつかはお天道様の罰があたるんじゃないかという庶民のひそかな恐れにフィットしたからだと思うよ。そして、これからもそういう感覚を大事にしていかないといけないと思うな。 ただ、狼少年の時代は終わったと思うけどね。 ―でも、ロンボルグはそういう感覚を捨てろってわけですね。
―そう、で、彼の最大の問題は、いままでのトレンドがそうだったから、これからもそうだという根拠のない思い込みというか、技術至上主義じゃないかな。かれは技術者じゃないからこそ、工学技術信仰があるのかもしれない。ま、それでもロンボルグはあれだけのデータを蒐めたんだからえらいと思うよ。ただねえ、こわいのはかれのエピゴーネンが続出したり、ブッシュのような輩がかれの論説の一部をしたり顔で使って、自分のやることを正当化しようとすることだと思うよ。 ―ブッシュはしょうがないじゃないですか。問題はあんな人を選んだ国民のほうじゃないですか。あと、それに追随するコイズミさん。
―ま、そうだ(乾いた笑い)
―絶望の虚妄なるは希望の虚妄なるに等し、か(溜息)。
―魯迅だよ、魯迅
―キミ、魯迅もしらないのか! もう、キミ大学院なんかさっさとやめたら?
(環境省百手観音)
―そうだな。このウオッチングで取り上げたものだけでも、温暖化対策税に、亜鉛の排水基準、VOC、環境基本法見直しだろう。土壌汚染防止法や環境教育法や自然再生推進法だって宿題はいっぱい残ってる。移入種問題だって新法を作るって言ってるし、遺伝子組み換え生物もある。廃棄物だって課題続出だし、デイーゼル排ガスもあるし、ホントたいへんだよねえ。
―その代わり誰とは言わないけど、出来のわるい院生の面倒をみなくちゃいけない。
―はは、痛みわけか。さ、今日はこの辺で終わろうか。
(花粉症)
―どうしたんだ、風邪か。
―ああ、なんともないよ。
―え?
―まあ、広い意味では環境問題なんだろうな。都市部のほうが罹患率が高いことから、大気汚染との関係が疑われてる。
―だけど、都市部以外のほうが、スギ花粉が多いから、説得力がイマイチの感がするなあ。
―ぼくが子どもの頃は聞いたことがなかったなあ。高度経済成長が始まってから、広葉樹の林をどんどん切っちゃって、スギやヒノキの一斉造林を始めたからじゃないかなあ。 現在では森林面積の三分の一以上、国土面積の四分の一がスギ、ヒノキの造林地だ。 そのうち半分はなんの手入れもせず、放置林化しているから、ひょろひょろした弱々しい木ばっかりで、もはや材としても使い物にならず、ただ花粉をまきちらすだけ。
―高度経済成長の初期の頃に、大々的な人口の流動化が起こりだした。つまり、若者がどんどん都会にでていった。 山村は人手が減ったのと、もうひとつ燃料革命が起こり、薪炭林が不要になった。そこで、林業も大規模化・機械化が必要だってので、天然林やこうした薪炭林を機械で一斉に皆伐して、スギ、ヒノキの造林地にしたんだ。 ところが、高度経済成長の結果、貿易自由化が行われ、外国の材木のほうが安価になってしまい、日本の林業は一気に斜陽化してしまった。 造林地にしたって、下草刈、間伐、枝打ちといった手入れが欠かせないんだけど、人件費が高騰してて、それもできないまま、放置林化しちゃったところがいっぱいある。 日本は国土の六七%が森林という世界屈指の森林率を誇っているのに、林業は片隅に追いやられ、国内需要の八割までを外材にたよる木材輸入大国になっちゃった。国有林経営をやっている林野庁もリストラにつぐリストラで、ギブアップ寸前。ほんと、ヘンな話だよね。
―さあ? あと、二十年もすると、老齢過熟林になり、台風なんかで倒れたり、へたすればほうぼうで山崩れを起すかもしれない。ま、百年もすれば、もとの天然林に復元するだろうけど、その間の災害のもとになりかねない。
―いまいくつかの地方自治体では、危機感をもって、緑の公共事業だなんていって、こうした森林の手入れだとか、間伐材の利用だとか、針広混交林化だとかをやろうとしているし、地球温暖化で森林の吸収機能の評価が追い風になって、農水省も「バイオマスニッポン総合戦略」だとか、昨年末に出した農林水産環境政策基本方針なんかでも、こういう動きを加速させようとしているみたいだけど、それには一日もはやく、従来型の公共事業を見直さないといけないよね。
―そうそう、ゴメン。ぼく自身がまだ花粉症じゃないから、あまり切迫感がない。でも、女房も次男も数年前から花粉症には悩まされてるみたいだ。 でもねえ、ライフスタイルが変わったことによる体質の変化というのも相当あるんじゃないかなあ。花粉症以外じゃ、小児アトピーなんてのも随分増えているような気がするな。
―たとえば、冬のヒビ、シモヤケだろう。それに昔のこどもってのは、たいていリンゴのような赤いほっぺたをして二本の青い鼻汁を垂らしていたもんだけど、最近そういうこどもはみたことがない。こういうのもライフスタイルの変化が影響しているかもしれない。
―さあねえ、でもぼくが聞いた中で、面白かったのは、寄生虫との共生をやめたからだという説だ。
―うん、昔は百%いまでいう有機農産物を食べていた。肥料はし尿だよね。だから、カイチュウ、ギョウチュウ、サナダムシのような寄生虫が、たいてい腸内に棲んでいて、しばしば虫下しを飲まされたもんだ。つまり否応なく、共生していた。無論、寄生虫は悪さもしたけれど、花粉のようなアレルゲンに対する抵抗力、免疫力をつけていたというんだよね。 でも、化学肥料や農薬をつかうようになり、そうした寄生虫を人体から徹底的に駆除してしまったから花粉症や小児アトピーが増えたというんだ。 実証するのはむつかしそうだけど、なるほどなあと思えるだろう。
(ヒートアイランド対策)
―そうかもしれない。同じように、文明化・都市化の生理現象としての環境問題にヒートアイランド現象がある。ヒートアイランドって知ってるよね。
―そう、都市部ではエアコンだとか自動車の排熱が多いうえに、地面もコンクリートで固められてるから、その排熱が気化熱として奪われにくくなっちゃうんだ。 例えば東京都心部の気温はこの百年間で、三、八度も上昇している。鹿児島市内のデータはしらないけど、やっぱり二、三度は上昇してると思うよ。 いわゆる地球温暖化現象で全球平均温度の上昇が過去百年間で〇、六度なんていわれてるから、いかにおおきいかわかるよね。
―来客のあるとき以外はほとんど使ってないよ。ちゃんと環境のことは考えてるんだ。
―なんだと。暑いからって人の研究室に勝手に入り込んで、コーヒーを沸かして飲んでたのはどこのだれなんだ。
―ヒートアイランド現象自体はずいぶん昔から言われていた。東京とか大阪といった自治体では屋上緑化への補助だとかで、細々ながらヒートアイランド対策をはじめだしたけど、政府では、いわゆる消極的権限争い、責任の押し付け合いで、主務省庁すら長い間決らなかった。 二年前、ようやく関係府省会議が発足、当初は課長レベルだったけど、そのご局長レベルに格上げされ、昨年末には「ヒートアイランド対策に係る大綱骨子案」をまとめた。 今年度中には数値目標も入れた大綱を策定するとのことだ。この大綱が将来新法制定までいくのかどうかだねえ。
―人工排熱の低減、地表面被覆の改善、都市形態の改善、ライフスタイルの改善という四本柱だけどねえ、正直言って、ヒートアイランド現象自体がなくなるなんてことは到底考えられない。ヒートアイランド現象の進行が若干でも改善されればめっけもんてところじゃないかな。
―これは長らく、消極的権限争いがつづいたことと関係あるんだけど、ほとんどの現実的に考えうるメニューはじつは別の行政目的のためにそれなりに実施されてるんだ。例えば、有力なメニユーである都市内の緑地を保全し、増やすことなんてのは、ヒートアイランド現象とは関係なく、それなりに進めてきたよね。省エネだってそうだ。 各省にしてみればヒートアイランド対策にも寄与するって名目で増額要求しやすくはなるだろう。 だけど、ヒートアイランド対策の本線となる、抜本的な政策というのは考えにくいから、どの省も及び腰だったんだ。
―ヒートアイランドの真の元凶ってなんだと思う。
―都市化とエネルギー消費の増大だよ。そしてこれこそがいままでの日本の発展を担ってきたんだ。 都市部でのエネルギー消費は或る試算では注がれる太陽エネルギーの一割にも達するという話を聞いたことがある。中山村の百倍くらいになるんじゃないかな。 でも都市を解体して、中山村へもう一度人を帰すなんて、出来る話じゃないだろう? つまりヒートアイランド現象の完全解消なんて不可能なんだ。 ―じゃ、なにもするなっていうんですか。
―そんなこと一言もいってないよ。シジュフォスの神話じゃないけれど、人が人であろうとする限り、少しでも進行を食い止めるための最大限の努力をしなくちゃいけない。 そして同時に、都市化ということの意味をもういちど問い直さなきゃいけないんだ。
―そんなことはない。そりゃ、田舎に住んで自給自足の生活をしてりゃそうだろうけど、クルマを乗り回して買い物したりする生活なんだから、一人当たりのエネルギー消費でみりゃ、都会人のほうがぐんとすくないさ。
(一月一八日執筆)
参考:EICネット「H教授の環境行政時評」一二、一三講(二〇〇四年一月、二月(予定))