H教授のエコ講座 ― 独断と偏見の地方環境行政論
H教授― いや、同じ点もあれば、違う点もある。ただ、ぼくの経験したのは一つの県だけだから、それがどこまで一般化できるかわからない。
H教授― それと昭和30年代から40年代にかけて、国に先んじて環境行政を進めてきたのは公害被害が顕在化してきた住民の圧力を受けた一部の府県だけど、残りの県とはかなり温度差があったろうしなあ。
H教授― それにボクがいたのはもう二十年もまえの話で、いまとは随分ちがうだろうしなあ。
(国家と地方の公務員文化)
H教授― わかった、わかった。じゃ、地方環境行政論に入る前に、ボクが感じた地方公務員と国家公務員との体質というか文化の差に触れておこう。
H教授― もちろんだよ。これはとくにスジワル案件に関してなんだけど、地方公務員は上に弱いって感じた。
H教授― うん、常識的にいえば、法令、前例等からして、困難なものの扱いだ。国では、バカな大臣がスジワルなことをいいだすと、次官、局長クラスが諌める、バカな局長がそれを阻止できず、課長クラスに命じると、こんどは課長クラスが抵抗する。バカな課長がそれを受けて課に持って帰ると課内の実務部隊のブーイングにあう。そういう文化みたいなものがあるんだ。
H教授― 上のいうことにはもっと従順だと感じたな。
H教授― 或るとき、知事が側近に環境庁案件でポツンとこういう風にできないかなあと漏らしたことがある。で、側近から部長経由でボクのところに「知事の厳命がでたから、直ちに環境庁と交渉してこい」という連絡があった。ところがこの話、どう考えてもスジワルなんだ。だから、ボクが知事にあって説明させてくれと言ったんだけど、ごちゃごちゃ言わずにさっさと上京しろってこうなんだ。
H教授― 仕方がないんで、別の緊急案件があるからって強引に知事に会い、その話の後、事情を説明し、到底ムリですって言ったら、「おお、そうか、それじゃ仕方ないなあ」で終わっちゃった。
H教授― ハハ、案件の中身は忘れちゃった。
H教授― じゃ別の話をしよう。鳥獣の飼養許可かなんかの件で、申請者が部屋に来て、担当に話をしていたんだけど、担当はできないって一点張りで追い返した。ボクは着任早々だったんで、口を挟まず、あとでどういうことか聞こうと思っていたんだ。しばらくして、局長が担当のところにきて、認めてやれって一言いい、わかりましたと担当が受けちゃった。つまりその申請者は担当のところから直接環境局長のところに行き、直談判したんだ、ひょっとしたら知り合いだったんかもしれない。で、そのあと担当に事情を聞いた。
H教授― 本来好ましくない案件だが、不可能ではないって言うんだ。 だったら、事情を斟酌して許可してやれるんなら、はじめからそうすればよかったし、好ましくないってことで断ったんなら、局長にもきちんと反論すべきだって叱りつけたけど、キョトンとしていたなあ。ま、国でも上の言うことはなんでも従うのもいれば、地方でも言うべきことはきちんと言ってる人もいるから、程度問題だけどね。
H教授― うん、各省の場合はボトムアップが基本で大臣なんてのはお客様扱いだけど、県の場合はルーチン以外はトップダウンってことが多いし、知事ってのは公選制で、何期もやっているとよく知っているし、それに人事権を持ってるからなあ。
H教授― ギクシャクしていても強行突破しているじゃないか。でも郵政民営化が持論のコイズミが郵政大臣だったときだって、結局なにもできなかったし、田中真紀子だってそうだったから、その差は大きいと思うよ。
H教授― でも、そのことをネガテイブにとらえることはない。だからこそ、地方の場合はトップがやる気になれば相当のことができるんだ。それが環境行政黎明期に起こったことだ。先進的な地方自治体が国を包囲して環境庁をつくらせたし、瀬戸内法もそうだ。
H教授― そう、先進的な自治体が切り開き、国が重い腰を上げ、その国の動向をみて、他の地方自治体も動き出すというのが、環境行政のパターンだね。
(地方分権の実態)
H教授― そりゃあ、補助金だとか交付税だとかで首根っこを押さえられているし、それを梃子に副知事以下多くの幹部職員を自治省はじめ各省が派遣しているんだもの、貧しくて開発志向の強い県はどうしてもそうなっちゃうよ。
H教授― 40歳くらいで課長級で派遣された。だけど他省からの天下りでは30歳で課長、40歳で部長というのがパターンだった。環境庁がいかにカネも権限もなかったかが、よくわかるね。
H教授― うーん、みんなそう言うけど、ぼくは全然そうは思わなかった。大部屋のほうが気楽だし、同い年くらいの係長クラスとはよく飲み歩いたし、たまには若手職員とバイトの女性たちとも飲んだりして、結構仲良くなれたもん。それとこういう天下りシステムはね、悪いことばっかりじゃない。県ってのは人脈世界でいろんなしがらみがあるから、しがらみのない国から来た役人が取り仕切ったほうがいいことだってある。それにしても20代で課長なんてのはあんまりだと思うけど。
H教授― 県は二つの面を持っているんだ。ひとつは国の下部機関として、国の仕事の一部を代行して行う、これを委任事務といい、もうひとつは自治体本来の仕事で固有事務というんだ。地方分権法でいまは法定受託事務と自治事務と名前は変わったんだけど、本質的にはあまり変わってないんじゃないかな。 それにどちらにしても、カネとヒトで縛りつけているから、県の職員は知事を頂点にするピラミッドの一員でありながら、一方では各省の意向に沿わねばならないということになる。
H教授― そういうことになる。だから知事の意向と環境省の意向が食い違うと厄介なことになる。
(環境部局の苦悩)
H教授― それに各省庁間は基本的に独立しているから、開発担当部と環境部局が省庁間の代理戦争をすることだってありうる。こうした場合、以前だったら大抵知事は開発サイドに立ってたから、環境部局はたいへんだったんだ。
H教授― ぼくのいた頃、ぼくのいた自治体では、トップは公共事業に関してはとにかく補助金をとってこいの一点張りだったもんなあ。まあ、いまはだいぶちがうと思うけど。
H教授― うん、部局間で省庁間の代理戦争をやるとは言っても、いつお互いの立場が変わるかもしれないから、そういう意味では激しくやりあっても、省庁間の争いよりは陰湿じゃなかった。とくに事務屋さんの場合はそうだった。
H教授― うん、そのまえにどういう部になっているかみてみよう。まず大きくいって、環境関係のセクションだけで部または局を構成しているか、それとも環境以外の他のセクションと一緒になっているかに区別される。 大きな府県では環境部または他の部のもとではあるが、半独立している環境局のようなものを構成しているところが多い。でも中小の県では生活環境部だとかで、医療や福祉なんかと一緒のところも多い。一時行革ばやりで、ぼくのいた県でも環境局が廃止されて、生活環境部に統合された。
H教授― 自然公園の施設整備だけは商工部系列の観光課が所管していたり、鳥獣保護関係の一部は林務部が所管していたりするところもあるけれど、基本的に環境省の部局に対応しているのがふつうだ。公害・環境管理関係と自然保護関係と廃棄物関係でそれぞれ一ないし二の課があるというのが多いね。 逆に言えば、環境省のひとつの課が県のひとつの係くらいと思ってりゃいいよ。だからぼくは県で最初自然保護・自然公園とアセスをやり、そのあと公害をやったから、環境庁関係のほとんどの仕事をざっとではあっても県という立場から経験した。
H教授― そりゃいろいろさ。ただ、レンジャーとして現地に出る機会の多い自然保護関係を除くと、現場を霞ヶ関官僚よりははるかによく知っているし、技術もある。だって、BODだってCODだって霞ヶ関官僚は技官といえども自分で測定したことがないんじゃないかなあ。
H教授― ぼくのいた県では公害規制課の職員はいつも何人か抜き打ちの立ち入り検査にでていたよ。そういう意味ではホントの技術屋だったね。
(環境技術屋の人事と処遇)
H教授― 自然保護・自然公園関係の技術屋さんを採用している府県では専門の技術屋さんを採用せず、林務や土木からのローテーションや事務屋さんがやっているところがあるけど、公害関係は化学職などの専門の技術屋さんが中心だ。
H教授― 人事は知事の意向を反映するとはいえ、基本的には国と同じ職種によるシマシステム(前号参照)で、シマのトップが事実上の人事権を持っている。
H教授― だから異動とはいっても環境関係の技術屋の場合は、環境部局内のほかは食品衛生、環境衛生といった旧厚生省関係の部課、それに環境研究所だとか保健所を回ることがほとんどだ。 こうした技術屋さんたちを昭和40年代後半から毎年大量に採用したから、その処遇に困ってるんじゃないかな。
H教授― 国と同じ、いやそれ以上に事務系優位だね。あ、医者は除いてだけどね。技術屋さんは課長ポストがせいぜいいくつかあるだけで、そこから上にはいけないというところが多い。 部局長のポストをもっているのは、いくつかの府県に限られているけど、もっと技術屋さんが就けるようにすべきだし、各地にある保健所長なんてのは医者でなければならないなんて変な規制があるけど、こういうものをまずとっぱずすべきだね。
H教授― 自然保護関係で専門の技術屋さんが課長に就いているケースはきわめて稀だけど、これもなんとかすべきだね。
(出向秘話)
H教授― 幸か不幸か全国で課長ポストを数個持っているくらいだ。自治省だとか旧建設省とはおおちがいだ。
H教授― ああ、キミも含めて国際公務員に憧れるのが多いけど、国際公務員はだれを見て仕事をするんだと思う?
H教授― 地球市民だ。だけど、それはきわめて観念的な話で、実際にはそんなもの見えないよね。国家公務員の相手は国民だけど、これもなかなか実感しがたい。その点、地方公務員は県民の顔が見える分、仕事は面白いし、プライベートでも充実した時間が過ごせたと思うよ。
H教授― へへ、ばれたか。あと、県にいると、環境庁との板ばさみになることが多く、それが苦しいといえば、苦しいんだけど、逆にいうと、板ばさみじゃなくて、両方を操っていると自分で思い込めるようになれば楽しいよ。 そしてぼくはやっぱりこれからの環境の新しい風は地方から吹くしかないと思ってるよ。