環境漫才への招待

H教授のエコ講座「第六次水質総量規制に向けて」

(JR尼崎の脱線事故)

H教授― ボクだってそうだよ。JR福知山線がなければ生活していけないよ。亡くなられたかたのご冥福、そして負傷された方の一日も早い快復をお祈りするとともに、こんな事故を二度と起こさないようにしなければならない。

H教授― 国土交通省もひどいよねえ。新型ATSのない線なんていっぱいあるのに、福知山線だけダメってのは、利用者イジメだよ。3分や5分の遅れで運転手を責めるようなことはしないと国民に約束して、一日も早く再開する、そして一方では過密で過酷なダイヤスケジュールを見直すとともに、新型ATSの設置を急ぐという対応を同時並行的になぜとれなかったのか不思議だ。もちろん利用者の方も3分や5分の遅れでじたばたしないようスローライフを心がけることだ。

H教授― ウソつけ。キミはあれ以来一時間遅刻の常習になったじゃないか。

(諫早干拓の新たな転回)

H教授― まあ、いずれにしても工事は9割以上終わっていて、いまさら工事中止を命じてもどうにもならないって気がした。だって潮受け堤防も干拓もほぼできあがってんだもの。いまさら潮受け堤防や干拓地の取り壊しなんてできるはずもない。

H教授― そんなことはないさ。調査するのはいいけどその先どうなるかってことだ。

H教授― 潮受け堤防ってのは実は諫早湾の横断道路としても機能しうるんだ。だったら横断道路として割り切っちゃえばいい。有料だっていいと思うよ。ボクの同僚のK先生はそれをムツゴロード構想って名付けている。 水門は開けっ放しにしておいて、調整池の淡水化なんていうことはやめるんだ。潮受け堤防の内側の調整池は干拓地の灌漑用水の水源として利用するつもりだったみたいだけど、それは断念する。干拓地の灌漑用水は別途考えるけど、基本的には農地にするとしても、あまり水を必要としない農業を考えるんだね。 そうすれば漁業への悪影響は最小限に抑えられるし、何十年かすれば干拓地の地先水面にまた干潟ができてくるよ。

(用水路水難事故雑感)

H教授― ああ、気の毒にね。あの事故に関しては明らかに管理者のミスだし、刑事責任を問われても当然だと思うけど、ちょっと気になることがあるんだ。

H教授― 三木市ってのはボクのいるS市と同じで、ため池の多いところらしいんだけど、新聞によると、学校ではふだんからため池や川で遊ばないように指導していたらしいんだ。 こんどの事故がきっかけでため池なんかはいっせいに立ち入り禁止が強化されそうな気がするなあ。でもそれは方向が逆だと思う。

H教授― それは万一事故が起きた場合の責任逃れのためで、実際に立ち入って釣りをしたり水遊びをしたりというのをやめさせることは稀だ。でもこういうことがあると、ちょっとやそっとで入れないようなフェンスや鉄条網をめぐらすところだって出てくるんじゃないかな。 ほんとうは池への安全なアプローチを整備して、そこから池にはまっても水死しないような段差をつくるとかの措置をとるべきなんだ。こどもの成長にとって水や水生生物との触れ合いは欠かせないものだと思うし、ため池や川なんてビオトープとしての利用と活用をこそ考えるべきだと思うけどねえ。

H教授― ひとつは自己責任の範囲ということをはっきりさせておかなきゃいけない。すべての責任を管理者に押し付ければ、どこもかしこも立ち入り禁止になってしまい、海水浴もロッククライミングもできなくなっちゃうよ。 だからボランテイアや地域共同体の協力で、そうしたビオトープとしての活用を進めるべきだと思うけど、万一の事故の責任を問われるんじゃ腰が引けると思うよ。

H教授― ボクが小学校低学年のとき、三軒隣のぼくより一、二年上の女の子が川遊びをしていて亡くなったことがある。

H教授― ま、いまだったら河川管理者の責任を問うということにもなりかねないけど、当時はそんなことだれも考えなかった。で、その年の夏の地蔵盆のときそこのお母さんが近所のこどもたちを全部呼んでお菓子をご馳走してくださった。供養ということなんだろうねえ。

H教授― そうだろうねえ。不幸な事故の場合には地域共同体が全員で精神的なサポートをしてあげること、管理者も補償ではなく相応のお見舞金を出すというシステムをつくることも必要だと思うな。もちろん保険の活用もね。

(水質総量規制とは?)

H教授― ところで新聞にはでたかどうか知らないが、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海を対象とする第六次水質総量規制の中環審答申が出た。

H教授― なんだそんなことも知らないのか。大気にも総量規制って仕組みはあるけど、今日は水質総量規制の話に絞るよ。 もう三十年以上前になるけど、急激な高度経済成長の負の遺産として、日本の空も水も汚れに汚れてしまった。

H教授― そうそう、そして政府も大気汚染や水質汚濁に本格的に取り組みだしたんだ。 水質汚濁に関しては水質汚濁防止法に基づいてBOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)の厳しい規制を開始したり、下水道整備をはじめたりして、急速に汚濁状態は改善されたんだけど、汚濁が改善されなかった水域もあった。ひとつは前回言った都市近郊の湖沼だし、もうひとつは東京湾や大阪湾を含む瀬戸内海などの内海、内湾だ。このふたつは共通しているところがある。何だかわかるか。

H教授― うん、しかも都市に近接しているから負荷量も大きく、植物プランクトンの栄養になるN(窒素)やP(燐)が底泥から溶出したり、外部からの流入量も多いから、プランクトンが増殖しやすくそれがCODをさらに押し上げる。

H教授― そこで東京湾、伊勢湾、瀬戸内海に関してはもっと大胆な規制を行うことにした。 瀬戸内海ではすでに瀬戸内法に基づいて大規模発生源のCOD負荷量を半減させるという荒療治を行ったんだ。それまでの規制はどんな厳しくても濃度規制だったから薄めて大量に流せばOKだったんだけど、はじめて量規制を行った。その延長線上にこの三つの内海、内湾を対象にした水質総量規制制度が、水質汚濁防止法および瀬戸内法を改正して昭和53年にスタートしたんだ。

H教授― 流入するCOD総量について内海、内湾ごとに五年後の都府県ごと、発生源種類別に削減目標を決めた。これを総量削減基本方針という。そして規制対象となる事業場については総量規制基準という厳しい量規制の排水基準を決めた。第五次総量規制からはCODのみならず、内部生産CODの元であり富栄養化の原因となるN、Pもその対象とした。 で、いよいよその年限が来たので第六次総量規制を始めようというわけだ。

H教授― 環境基準が100%達成できれば、強化の必要性はなくなるんだけど・・・

H教授― うん、水域ごとにいえば、或る程度の汚濁はやむをえないという水域、C類型の水域だけど、ここの境基準は100%達成されているけど、もっとも清浄なレベルであるA類型の水域の環境基準は依然として達成率はよくない。

H教授― 東京湾、大阪湾では下がっているが、あとのところはそれほど明瞭ではない。

H教授― そんなことはない。削減目標というのは技術的に削減可能な、実現性のあるものとして設定されていて、環境基準とリンクさせているわけじゃない。

H教授― 東京湾や大阪湾では改善してるけど、他の水域では水域面積当たりの負荷量はもともと小さい上、削減量はごくわずかなんだ。それにもともとそういう水域ではCOD濃度は低いから、そういう意味ではCODの中身だとか、CODが現実の水環境の何を表しているのかということも議論の対象になりそうだ。 COD指標にいろいろ問題がありそうだということは第39号で説明したよね。

(回想・水質総量規制)

H教授― 第三次総量規制の担当課長だった。

H教授― いや、実は課内に総量規制室って半独立の組織があって、まかせっきりだったから・・・

H教授― いや、一度だけ汗を流した、といっても冷や汗だけど。

H教授― 水域ごとに現地で関係都府県の担当者を集めてブロック会議を開くんだ。で、ときの上司が瀬戸内海のブロック会議にオレも出席するからゴールデンウイークのど真ん中にセットしろって総量規制室に命じた。

H教授― 自分が瀬戸内出身だから故郷に錦を飾りたかったんだ。里帰りの旅費節約にもなるし。

H教授― 総量規制室から話を聞いてもう怒り心頭さ。眦を決して上司のところに乗り込んだ。さすがにひざが震え、冷や汗を流したけど、ようやく撤回させた。だって、関係府県の担当者の恨みを買いたくないもの。

H教授― いや、こっちだってゴールデンウイークぐらいのんびりしたかったから・・・

H教授― おかげでその上司からはすっかり嫌われちゃった。

(第六次水質総量規制に向けて)

H教授― うん、一つは三湾についてはさらに規制強化をするが、大阪湾以外の瀬戸内海は基本的に現状維持でいいという方向のようだ。 大阪湾以外の瀬戸内海はもともとCOD濃度は低く、こうした低濃度領域ではCOD指標そのものを考え直すという観点が入ったように感じた。もう一つは干潟の保全を前面に打ち出したことだ。量的にはさほどではないにせよ、浄化機能があるうえ、干潟の持つ生態系保全の重要性に着目したようだ。

H教授― そう、都市近郊の湖沼は典型的な閉鎖性水域でなかなか水質が改善しないというので、水質汚濁防止法の特別法のような湖沼法というのを20年前につくったんだ。たぶん瀬戸内法を参考にしてね。それ以降も何回か改正して規制を強化してきたんだけど、それでも効果が捗々しくないというので、さらに規制を強化するというものだ。 今度の改正で、目新しいものとしては湖辺環境保護地区というものを導入し、水質浄化能力をもつ植物などの採取に届出義務を課そうとするものだ。 公害対策にも、規制対策だけではダメで、生態系保全の視点を導入しようという動きが活発だけど、そのひとつだね。水質にしても大気にしても、排出規制だけではダメで、そうした「自然の叡智」をうまく使うことが環境保全の面でも人間生活にうるおいを持たせる意味でも重要だというのが少なくとも環境省内での共通認識になったんだね。

H教授― 水質規制という意味ではね。でも「埋立の基本方針」は見直して、自然海岸の前面海域や藻場干潟なんかの埋め立ては面積の大小に関わらず全面禁止にすべきだと思うよ。いずれにせよスナメリが行き交うほどの豊かな生態系が戻るための多面的な施策を考えるべきだろう。

H教授― 全国レベルでの水域の健全性の指標としては、「環境基準」でいいのかも知れないけど、個別具体的な水域ではもっと掘り下げた議論が必要だろうね。ひとくちにNといったって、アンモニアもあれば硝酸、亜硝酸もあるし、各種の有機態チッソもあるしねえ。残留塩素の問題だってきちんと調べなきゃいけない。鉄やマンガンといった微量元素の問題もあるし、微量化学物質の生態系影響だって解明されたとはいえない。これらの問題は環境基準だけ,総論だけで割り切れないと思うよ。漁業者の実感として海が蘇ったと思えるようなきめ細かな調査と対策が地域地域に必要なんだ。真実は細部に宿るっていうからね。総論だけじゃダメなんだ。

H教授― ・・・

(平成17年5月25日執筆)
註:EICネットの拙稿の一部を加筆修正しました。