日本の行政システムにおける「ミテイゲーション」

イ 瀬戸内法指定海域における港湾計画改定と公有水面埋立

1.システム

港湾計画の決定、変更や公有水面埋立法による一定規模以上の埋立に関しては環境影響調査が義務づけられているし、それに関して環境庁も関与しうる。しかしながらそれは環境に大きな影響がないかどうかの意見だけであり、埋立そのものに対する価値判断はあくまでニュートラルである。

しかしながら瀬戸内海については事情は異なる。「瀬戸内海環境保全特別措置法」で埋立については瀬戸内海の特殊性に十分配慮しなければならない旨の規定があり、さらにこの規定の運用の基本方針は審議会で調査審議する旨の規定がある(法13条1項、2項)。そしてこれに基づき「埋立の基本方針」を審議会が答申している。この基本方針は前文で「埋立は厳に抑制すべきであり、やむをえず認める場合の基本方針である」旨を明記しており、埋立は環境保全の観点から好ましくないという先験的な価値判断を示し、いわば「回避」を最優先させるべきであるとしている。

2.瀬戸内海におけるミティゲーションと「回避」

こうした観点から環境庁や府県の環境部局は埋立案件や埋立を前提にした港湾計画の改定にあたっては事前調整の段階で「回避」や「低減」を優先的に検討し、やむをえぬ場合には一種の代償ミティゲーション(藻場干潟、人工渚の造成等)を実施させているが、自然公園の場合と同様こうした事前調整過程は一般には明らかにされない。

こうしたことにより、埋立免許の件数、面積は図1の通り大幅にペースダウンした。 (図1:瀬戸内海における埋立免許件数推移)

ときには事前調整が未了のまま地方港湾審議会を経て港湾審議会に諮られ、その場で環境庁が「埋立の基本方針」に即して容認しがたい旨の意見を述べ、以降「回避」「低減」の調整過程が明るみにでることもあるが、瀬戸内海以外では港湾審議会で規模縮小を示唆するような意見を述べた例は三番瀬を除いては見あたらない。その代表的な事例を表4に示す。 (表4:瀬戸内海における回避又は大幅な低減の事例)

織田が浜の案件は港湾部局が位置の移動と規模の縮小を行うことで調整を了し港湾計画を改定、工事に着工したが反対運動は収まらず争訟となったケースである。現在埋立は終了し供用開始されている。

和歌山下津港沖の案件も同様の過程を経て港湾計画の改定は行ったが、なお反対運動が継続中であり、公有水面埋立法、アセス法の手続きははじまっていない。

3.問題点と課題

「埋立の基本方針」は前文で「埋立は厳に抑制すべきであり、やむをえず認める場合の基本方針」であることを明記しているが、「やむをえず認める場合」とはなにかについて言及しておらず、大規模な自然海浜や藻場干潟の破壊を伴うものでなければ、「厳に抑制すべき」という理念だけを根拠に「回避」させることは容易ではない。

基本方針の本文では埋立を避けるべき区域を明示するとともに、埋立にあたっての配慮事項や留意事項を明らかにしているが、下津港沖の案件(位置変更・規模縮小後)にしても、神戸空港にしても直接は基本方針の本文に抵触せず、一方反対運動の力点は、環境保全の観点よりも、過大な需要予測に基づく無駄な事業で未来に借金を残すだけだという公共事業批判と政策決定における市民不在に対する批判という観点が強くなってきている。

ここでは「やむをえず認める場合」とはどういう場合で、それをだれが判断するのかが問われている。従来型の縦割り密室の政策決定手法だと、仮に「ノーネットロス原則」を適用しても「回避」よりも大規模な代償ミティゲーションを選択し、結果として膨大な財政赤字を加速させるだけに終わってしまうおそれが残る。