Xの悲喜劇・1 ―鉱物マニアのための新痴喧―
越喜来 翔 + 高田 雅介
アマチュアの最大の悩みのひとつは不明鉱物の同定である。そんなときだれしも粉末X線回折装置があればなあ、と思うだろう。だが、これは庶民の手においそれと届くものでない。
さて、筆者(越喜来)は昨年はじめから某国立試験研究機関に勤務している。すまじきものは宮仕え、それまでの重役出勤から一気に2時間の早朝超長距離通勤を強いられるようになったのである。だが、世の中万事塞翁が馬、楽あれば苦ありで、辛いことばかりではない。なんといっても、ここには憧れの粉末X線回折装置(理学電機RADーU)があるのだ。
もちろん筆者は研究者でなく、一介の行政官に過ぎないから、そうたやすくは使わせてくれるわけもないし、第一使い方もしらない。しかし、一年も勤務しているとだいぶ研究者の気心も知れてくるし、なにより本装置を管理しているS博士がわが同好の士とわかったことも大きかった。そこで、この夏前より、ときおり勤務時間終了後S博士に手取り足取りで操作を教えてもらいつつ使用できることになったのだ。
本稿はX線回折装置の使用方法を述べようとしているものでないので、詳述はしないが、試料調製が大変なこととチャートの解読はそう簡単なものでないことがよくわかった(三強線がでればあとはハナワルドの方法で簡単に同定できるというものでなかった)。そんなこともしらず、X線回折装置が使える諸師にいままで一方的に不明鉱物を送り付けて同定を依頼してきたのであるが、遅ればせながら筆者のわがままを聞いてくださっていた諸師に御礼申し上げる。
さて、いままで二十ほどのサンプルを練習を兼ねて試験してきた。わが研究所の装置が古いのか、微量鉱物同定用に調整されたものでないせいか、バックグラウンドが結構高い。そのため、かなりの試料量がないと弱いピークまできちんとでてこないことがよくわかったし、試料量が少なすぎてピークがすべてノイズに隠れてしまって同定不能というケースも多かった。
いくつか同定できたものの画期的な発見というのは残念ながらいまだない。 もっともアマチュアにとって面白そうな不明鉱物で、複数のサンプルがあり、かつ装置にかけられるだけの量のあるものが、そもそもそうあるわけがない。
それでも鉱物学的にはどうでもよくとも、マニアにとっては耳寄りといえなくもないものがないわけでないので、そうしたものを「ペグマタイト」誌創刊を記念していくつか記載することにした。
ただし、残念ながら筆者には採集の状況その他の駄文は書けても、鉱物学的所見は一切書けない。そこでサンプルを本誌を主宰する畏友高田雅介氏にみてもらい、必要なそして中立かつ厳正なコメントを氏に書いてもらうことにした。もちろん彼の名人芸である結晶図もである。
なお、本稿は素人が見様見真似で粉末X線回折装置をいじくってみたものに過ぎず、d値についても標準試料による補正とか、有効数字の検討とかも行っていない。したがって学術的価値はまるでなく、当然のことながら学術的先取権などというだいそれたことを主張する気は一切ない。
本文に入るまえに主要操作条件だけ述べておく。測定の範囲はおおむねd値で8ー1・6 Å(2θ=10ー60°)。Cu管球、Niフィルター、40KV・25mA。測定所要時間は一試料約四十分。また、試料はいずれも微量のため粉末をエタノールを用いてスライドグラスに塗布したが、この方法だと強度(l/l)の信頼性は乏しくなる可能性があるそうである。
ところで十月六日、鉱物界の至宝、われらアマチュアの大先達で最長老である櫻井欽一先生がなくなられた。本稿、とりわけ最初の「湯河原沸石」は先生に読んでいただくべく、準備していたのだが間に合わなかった。先生のご冥福をお祈りするとともに、本稿を謹んで先生の霊前に捧げたい。
1、静岡県賀茂郡河津町菖蒲沢海岸産 湯河原沸石
'92・4、いつものメンバー(フルメンバーはW,K,M,「学生」の各氏と筆者(越喜来)で、われわれは余人組とか誤認組とか自称している)で伊豆の長野鉱山に行き、その帰路菖蒲沢海岸に立ち寄った。
ここは海岸の石英礫から金がでるので知られているが、その北に安山岩質や集塊岩質の溶岩からなる海蝕崖がつづいている。その海蝕崖から(地名でいえば「菖蒲沢海岸」から北の「平磯」にかけて)各種の沸石が産出する。
近々でる予定の「水晶」の最新号には、山田隆氏らによって、最近発見されたダキアルド沸石を中心に、ここの沸石の詳細な報告がなされるとのことである(本稿が陽の目をみる頃にはもう出ているものと思う)。
さて、このときの訪山で、筆者が安山岩質溶岩を割ったところ3ー5センチほどの晶洞がいくつか隣接してでてきた。そのうちの一つの晶洞に3ー7ミリの薄板状白色結晶が束沸石、針状の沸石(毛状ではないがこれも山田隆氏によるとモルデン沸石だそうだ)、方解石とともに林立しているのを見出した。当初、板状方解石かと思ったが、双眼顕微鏡でみるとへきかいはないし、第一塩酸で発泡しない。そうなると湯河原沸石がまず疑われるし、石友も湯河原沸石だと太鼓判を押してくれたが、無名のアマチュアの太鼓判など屁のつっぱりにもならない。そこでX線回折試験に供した。出現したピークは少ないが、いずれも湯河原沸石のピークのようであり、どうやら筆者の予想はずばり的中したようだ。
産出したのは現在までのところ、このひとつの晶洞だけで、これが4サンプルに分かれ、計十数枚存するのみ。うち1サンプルは誤認組のオーナーW氏に献上し(いつもクルマに乗せてもらっており、その御礼)、1サンプルはX線回折のためつぶした。あとのふたつは筆者がまだしっかと抱きかかえている。 隣接した晶洞には湯河原沸石の姿は見あたらず、束沸石の小晶を残酷にも串刺しにした針状のモルデン沸石が密生しているだけだった。
故・櫻井欽一先生の発見になる日本産新鉱物の湯河原沸石は原産地湯河原温泉以外にも産地は増加しているが、それでもまだまだ稀産鉱物といえるので、本シリーズのトップに挙げた次第である。
なお、このとき別のもっと大きな晶洞から、その壁に付着した一見自然銅のような赤銅色苔状の二次鉱物を見出した。手記(「余人組・誤認組通信No・7」)には「酸化マンガンか酸化鉄のごときものか?」と記したものであるが、M氏はランシー鉱を予言した。データを一応掲げておくが、三強線の検索からはピタリとくるものをまだ見出していない。いずれにせよ自形結晶しているわけでないので、さしたる魅力はない。
2、鹿児島県川辺郡知覧町 赤石鉱山産 ルソン銅鉱結晶
ルソン銅鉱の自形結晶というのをご存知だろうか。櫻井先生の「日本鉱物誌第三版上」には新潟県北越鉱山産のものの結晶図がでている。しかし、ここのものは筆者(越喜来)は持っていないのはもちろん、まだみたこともない。
一般のコレクターが持っているのはたいてい手稲の塊状のものか、ここ赤石の皮殻状のものであろう。
さて、筆者は7、8年まえ、ちょっと興味があって、鹿児島の鉱物についての文献をいろいろ渉猟したことがある。そのとき、ルソン銅鉱の結晶が赤石から産出するという記載をみつけた(「鹿児島県春日、赤石両鉱山産enargiteおよびluzonite-famatinite系鉱物の組成について」(苣木、島、北風 鉱物学雑誌vol・12 特別号 1976・3)。赤石のルソン銅鉱のなかにはかなりSbーrichのものがありーというようなことを論じているのだが、そのなかに一行「ときには1mm大の四面体の自形結晶として産する」という記述があったのである。
この文献はあまりマニアの目に触れなかったもののようで、その後もここのルソン銅鉱の結晶の話など一向に話題にならなかった。
筆者は、これは面白いと思い鹿児島在住のMさんと語らってさっそく赤石鉱山を訪山。無事それらしいものをいくつか採集してきたのである。
問題はそれから先である。サンプルを石友に配布するなどし、これは珍しいものであると、PRにあいつとめたのであるが、一向にはかばかしい反応がかえってこず、完全に無視されたのである。
あまりのみなの冷淡さに、これはひょっとして晶相変化の激しい白鉄鉱かなにかを誤認したのでなかろうかと弱気になり、そのまま放置して今日に至ったのである。
このほどこれをX線回折試験に供した。結果は別表のとおりで、ルソン銅鉱、安ルソン銅鉱と同一パターンのピークが出現した。筆者の直感は誤りでなかったのだ!
なお試験したサンプルのd値は安ルソン銅鉱よりルソン銅鉱に近かった。
以上のようなわけで、本稿自体は既往知見の確認に過ぎないのであるが、意味があるとすれば高田兄の作成になる結晶図であろう。
3、岩手県気仙郡三陸町崎浜産 錫石
ここのリシア電気石については余りにも有名で、いまさらなにも言うことはない。
さらに、ここからはベリルやトパズも産出が報告されている。海岸に突き出たペグマタイトが現存している唯一の露頭なのだが、昨年訪山したとき、そのペグマタイトが両側から著しく掘り込まれ、人間が通過できるほどの穴が貫通してしまっていたのには驚いた。筆者(越喜来)の愚友Hが昔からここにいれあげており、先だってここの長々しい紹介記事を書いたのが運のつきで、産地の破壊に拍車をかけてしまったようである。
さて、ここで筆者はリシア雲母に伴って、1、2ミリの黒色結晶を何個か採集した。外形からみて錫石を疑ったのであるが、ものは試しで一個つぶしてみた。予想通り錫石のピークが出現。ただし、3・193のピークはJCPDSカードにないもので、なにに由来するものかは不明である。
いくら未報告のものとはいえ、たかだか錫石の小晶くらいでわざわざ貴重な誌面を費やすほどのものでないかもしれないが、リシウムペグマタイトに来たものであり、或いはLiや他の稀元素を含んだもの(例えばAinalite)かもしれないということで、ここで紹介しておく。現存標本個体数はごくわずかのはずである。